人物紹介

チームホイトと呼ばれる【動画】ディックとリック「ホイト親子」愛の物語

1981年以来ボストンマラソンの重鎮であるリックアンドディックホイト、マサチューセッツ州オランダの自宅の背後にあるハミルトン貯水池(ジェシーコスタ/ WBUR)(ジェシーコスタ/ WBUR)引用

こんにちは。マールですl

チームホイト 」と呼ばれるホイト親子を皆さんご存知でしょうか?
どのマラソンにも息子のリックを連れて走ることからそう呼ばれています。脳性麻痺の息子リックの車いすを押し、ボストンマラソンをはじめとする数々のレースに出場して好記録を出し続けたホイト親子の事を調べてみました。


チーム・ホイト」父ディック・ホイトと息子リック・ホイトについて

チームホイト 」と世界中から応援され、世界中の多くの人に勇気や「やればできる」Yes,You Can.というメッセージを体現し続けています。リックの誕生から、子育て、就学などに立ちはだかる数々の壁を努力によって打ち破ってきたリックとその家族の物語であり、人生に不可能はないことを、自らの行動で、息子と世間に示し続けた父親の愛の物語です。

息子Rich Hoytリックホイトの誕生と父Dick Hoytディックホイトの可能性を信じた子育てとは?

1962年Rich Hoyt(リックホイト)は、父Dick Hoyt(ディックホイト)母Judy Hoytジュディとの間に生まれました、生まれてくる5分前までは何の問題もなかったのですが、生まれる時にへその緒が首に巻きつき脳に酸素がいかず、脳性麻痺、痙性四肢麻痺になりました。
リックの回復の見込みはなく、息子さんはほとんど植物人間なのだから「あの子のことは忘れなさい」と医者達からも見放され施設へ入れたほうがいいというアドバイスは受け入れず、自分たちの子供を「普通の」子供が経験するあらゆることをさせてやろうと決め家に連れて帰りました。リックは歩いたり話すことはできないけれど、目で部屋にいる両親の動きを追っているのは明らかでした。彼らは他の子と同じように、リックにそり遊びや水泳、アルファベットや言葉を教えました。
1972年、タフツ大学のエンジニアが、リック用に、車椅子に付けたヘッドピースに頭を少しつけるだけでセンサーが働き文字を打てる特別なコンピュータをつくりました。そのコンピュータでリックが最初に言った言葉は、お父さん、お母さんではなく、”Go, Bruins!” 行け、ブルーインズ。(地元ボストンのホッケーチーム)リックはスポーツ好きで、他の人と同じように毎回の試合を追って見ていました。1975年、リックが13歳の時、ついに公立学校への入学ができました。高校卒業後はボストン大学で学び9年間勉強して1993年に特別教育の学位を取り優秀な成績で卒業しました。現在は、コンピュータ研究室で障害者用の補助器具を開発しています。

チームホイトディック・ホイトと息子リック・ホイトの始まり

チームホイットは、以前のボストンマラソンの1つに参加しています。 (礼儀)

1977年、リックは事故で身体が麻痺してしまったラクロスの選手のための8Km チャリティーランに参加したいとディックに言いました。当時父ディックは37歳。ランナーとは程遠いディックでしたが、車椅子にリック乗せて完走しました。その夜リックディックに、言いました「走っている間は障がい者ということは忘れていたよ。」
ディックは息子のためにどんな困難も乗り越える決意をしました。これが1000以上の大会で、マラソン、トライアスロン(そのうち6つはアイアンマンレース)を完走しているチームホイト の始まりです
リック誕生からの彼らの挑戦の歴史をまとめた動画はこちら。


チームホイト」父ディック・ホイトと息子リック・ホイトの挑戦

トライアスロンの水泳では、父ディックコードを自分の腰ベルトに巻きつけ、リックをのせたボートを引っ張り泳ぎます。自転車はシートが2つある特製自転車で走り、マラソンはランニング用スペシャル車椅子にリックを乗せ、ディックが押して走ります。アイアンマンレースは3.8Kmの水泳+180Kmの自転車+42.195Kmのマラソン競技。これも6つ完走しました。1992年には自転車とランニングでアメリカ横断45日3735マイル(5976Km) を完走ました。

お父さんに何か一つあげられることがあるとしたら、それは何?という質問にリックは、「一度父を椅子に乗せて、押してあげたい」と。

そして、これが実際のレースに挑むホイト親子の動画。多くの人に勇気を与えています。

チームホイト」父ディック・ホイトと息子リック・ホイトの37年間に渡る最後の挑戦は。。。

しかし、37年にわたる挑も、ディックリックホイトは体力の限界で最後の挑戦にしようと決定しました。なんと父ディックは73歳。息子リックは52歳でした。
2013年ボストンマラソン。爆弾テロ事件が起きたのです。

「2013年ボストンマラソンン 画像」の画像検索結果


彼らは、爆弾が落ちたときにコース上で止められたほぼ6,000人のランナーの中にいました。レースは中断。ゴールする事はできませんでした。
前回のボストンマラソンで、殺され負傷したすべての人々に敬意を表して翌年ショートレースで再び走ります。

チームホイト」父ディック・ホイトと息子リック・ホイトの挑戦が残したもの「You Can!」

ボストンマラソンでは完走できなかったからこそ、彼らの挑戦は続きます。
身体障害者になったすべての子供たちすべてが健常者と同じように生き、学び、働き、遊ぶことができること支援するディックリックは、ホイット財団を設立しました。
以来、ディックリックは、障害のある人々の生活の質を向上の為に精力的に活動しています。
彼らのポリシーは「You Can!」


チームホイト」父ディック・ホイトと息子リック・ホイトの実話をベースにした作品

とても感動を与える「チームホイト 」ホイト親子の生きざまを描いた書籍と映画をご紹介します。

◆書籍

ホイト親子の夢と勇気の実話 やればできるさ Yes,You Can.

◆映画
グレートデイズ!-夢に挑んだ父と子ー
[DVD] Gaga Communications

グレートデイズ! ―夢に挑んだ父と子― [DVD]

まとめ

  • 生まれた直後に障がい者となった息子に普通の事をさせてあげたいご夫婦の思いがあったからこそ、息子リックは誰もが予期できなかった生き方を手に入れる事ができた。
  • あらゆる困難を乗り越えた親子だからこそ、決して若くない父親が数千のマラソンレースのサポーターとして息子と共に新たな挑戦に挑む
  • 最後の挑戦の場がテロという悪魔によりゴールを成し遂げる事はできなかったが、今も障がい者の可能性を広げる活動として財団を立ち上げ、挑戦し続けている障害者の為にサポート活動を続けている。

以上最後までお読みいただきましてありがとうございました。


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