エンタメ

遥海(はるみ)おおらさん元宝塚から社長へ。家族と現在について

こんにちは! マールです。

元タカラジェンヌから食品会社社長へ転身された方ってご存知ですか?
名前は遥海おおら(はるみおおら)さんです。
写真右下のグレーのベストを着て
いる方です。

とても人気があった男役だったそうです。宝塚時代の遥海おおらさんと現在について調べてみました。


遥海おおらさんの経歴について

名前 遠山昌子
生年月日 1979年9月26日
出身地 群馬県前橋市
宝塚所属組 デビューは花組 後に宙組へ転籍 男役
宝塚同期 陽月華(元宙組トップ娘役)、城咲あい、
凰稀かなめ(元宙組トップスター)、彩海早矢
学歴 前橋女子高等学校
家族 2008年に結婚をし、2児の母

宝塚歌劇団に憧れ、宝塚音楽学校を受験すること4回。前橋から東京まで毎日往復5時間かけてレッスンに通い、受験資格のラストチャンスの18歳で24倍の難関を突破して合格。2000年に宝塚に入団されます。音楽学校時代最期の試験では同期43人中、32番という成績でしたが、休日返上で猛レッスンを続け、徐々に役が付くようになっていかれます。
大変な努力家であり、精神力の強い方です。

宝塚歌劇での出演経歴

デビュー(花組) 「あさきゆめみし」「ザ・ビューティーズ!」
宙組 「望郷は海を越えて」「ミレニアム・チャレンジャー」
「ベルサイユのばら―フェルゼンとマリーアントワネット編―」
「フィガロ!」
「カステル・ミラージュ―消えない蜃気楼―」「ダンシング・スピリット!」
「エイジ・オブ・イノセンス―美徳の微笑―」
「鳳凰伝―カラフとトゥーランドット―」「ザ・ショー・ストッパー」
「聖なる星の奇跡―いつか出会う君に―」
「傭兵ピエール」「満天星大夜總会」(
「鳳凰伝―カラフとトゥーランドット―」「ザ・ショー・ストッパー」(博多座)
「白昼の稲妻」「テンプテーション―誘惑―」「ファントム」(大劇場、東京宝塚劇場)
「エンカレッジ・スペシャルコンサート『Angels in Harmony』」
「ホテル・ステラマリス」「レヴュー伝説」

元・男役 あかぎ6代目 修行中 ~元祖カリカリ梅の赤城フーズ~-宝塚 86期同期会

宝塚100周年パーティでの同期の皆さんとの写真が
遥海おおらさんのブログにアップされていました。

遥海おおらさんの宝塚退団理由。

多くの舞台に出演されていますが、デビューして5年、2005年には突然退団します。
目立つ存在ではなかった遥海おおらさん、ご自身として続けていくべきか悩んでおられた中、実家が経営する会社の跡継ぎ問題が浮上するのです。
5代目社長のお父様の後、跡継ぎが遥海おおらさんとなるのですが、大変な努力で夢を実現した宝塚で活躍されていた遥海おおらさんに継いでもらう事はなかなか相談しづらかったのかもしれません。

しかし、ファン獲得が芸能の世界。
遥海おおらさんは宝塚の世界で生き続けるのか悩んでいくタイミングと重なり実家の事業の後継者の道を選択する事を決意されたのです。


遥海おおらさんは「赤城フーズ」の社長に就任!

遥海おおらさんは現在、地元の群馬県前橋市にある食品会社「赤城フーズ株式会社」の代表取締役社長です。

通信教育の産業能率大学での経営学を学び、経営立て直しに努力され、2018年2月には父親が会長に退き、遥海おおらさんが6代目代表取締役社長に就任されます。

今ではコンビニや駅の売店などでよくみるカリカリ梅 を日本で最初に商品化したのがこの赤城フーズです。

赤城フーズの歴史

・1893年(明治26年)、群馬ではいちばん古い漬物店として前橋で漬物・佃煮・煮豆の製造小売店「小田原屋」として創業。

・1935年(昭和10年)に「赤城漬(あかぎづけ)」という名の福神漬を発売したところ大ヒット。当時は漬物は各家庭で作るものであって、買うものではなかった時代。
「赤城漬さん」という愛称のほうがよく知られるようになり、創業70年(1963年)を機に「赤城漬物工業株式会社」に改称します。

・創業100周年(1993年)に「赤城フーズ」と変更し現在に至ります。かつては漬物が中心でしたが、今は梅の加工品がメイン。そのきっかけを作ったのが祖父で4代目社長の松永秀雄さんが偶然の発見から開発したカリカリ梅でした。

カリカリ梅誕生秘話

1969年、群馬では梅が大不作。梅の液漬け(天日干しせずに液漬けにしたやわらかい梅製品)を作っていた会社はどこも大変な危機に直面しました。遠山さんの祖父・秀雄さんは群馬県と近隣県の農家に足を運んで、自家用に作っていた液漬け梅をかき集め、なんとか窮地を脱しました。その調達した梅の中に硬いままのものが3樽あり、これでは商品にならないということで1年間倉庫で寝かせてやわらかくなるのを待つことにしました。ところが翌年の春になってもまだ硬いままだったのです。これを見逃さなかったのが4代目。「昔よく食べた塩漬けしたばかりの半漬けの梅に似ている。これを商品にしたら面白い」ということで、商品化への取り組みが始まりました。その硬い梅を提供してくれた長野の農家のおばさんを探し当てて聞いたところ、稲わらを燃やした灰を水に溶いてアク水を作り、そこにもぎ取ったばかりの梅をいったん浸して1週間ほど置いてから液漬けにしていたのです。アク水のカルシウムと梅のペクチンが化学反応して果肉を硬いままに保つことを突き止め、1971年、ついに日本で最初にカリカリ梅を工業的に生産することに成功。大量に集めた中でたまたま3樽の梅だけが硬いままだった偶然と、それを見逃さなかった4代目のひらめきによって、世界的大ヒット商品が誕生したのです。

 

元祖カリカリ梅はこちらから購入できます!

遥海おおらさんの現在の活動は。?

2015年にはご自身の経歴を存分に生かした新商品「梅ジェンヌ」も発売され、宙組創設20周年を迎えた2018年から、東京宝塚劇場に商品がおかれているそうです。群馬県は、和歌山に次ぐ全国2位の梅の産地だそうなのですが、まだまだ浸透していない状況。
群馬の梅ブランドを向上にむけ。群馬県内の同業者と共に、宣伝活動に奮闘中です。

大阪でのラジオ番組に出演されている記事がありました。
パーソナリティの彩羽真矢さんも、元タカラジェンヌです。

彩羽真矢@いつも今が最高!@chami444

ゲスト・遥海おおらさん!彩羽真矢のサブカルってる!!#45【ソラトニワ梅田ステーションから生放送!】 https://youtu.be/OkKgrhQUZLE  @YouTubeより

まとめ

元タカラジェンヌの遥海おおらさんは世界的大ヒット商品カリカリ梅のメーカー赤城フーズの6代目社長として母として活躍中。

宝塚という実力社会では、ひのめをあびる事はありませんでしたが、ワーママ社長として大活躍されています。

これからも応援していきたいと思います。

最後までお読み頂きましてありがとうございました。


スポンサードリンク
こちらの記事もおすすめ!

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)